カテゴリ:大河ドラマ( 15 )

西郷どん 第二回「立派なお侍」

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さて「西郷どん」第二回 年代と登場人物に関して 忘れないうちに書いときましょう
西郷小吉は 15才で元服 吉之助をなのり 18才で郡奉行の配下で郡方書役となります
書役といっても 仕事の内容は農村の監督・指導の見習いでした
この年が弘化元年(1844)です
そして 大久保正助が 記録所書役助となるのが 弘化3年(1846)ですので
西郷どん この時二十歳ですね よかニセになりました
大久保の祝いに いろんなメンツが登場してますので
この時点のそれぞれの年齢など 書いてみましょう
まず 大久保正助は 17才 西郷どんの三つ下
有村俊斉は 15才 またの名は 海江田信義ですね
大山格之介(綱良)は 22才 有馬新七と同い年です
西南戦争で 最後まで一緒だった村田新八は まだ11才でした
みんな同じくらいの年齢に見えたけど だいぶ違うでしょう?
でも一番びっくりしたのが 岩村糸ちゃん
彼女は この19年後 西郷と再婚(西郷は三度目)しますが
西郷とは 16才も年が離れていますので この時はまだ4才ですねー
ちょっと育ち過ぎの糸さんでありました




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by tukineko-diary | 2018-01-15 11:49 | 大河ドラマ | Comments(0)

西郷従道の玄孫(やしゃご)

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 昨日の大河ドラマ「西郷どん」
 上野の西郷さんの像の除幕式で ← この人
 でてきましたね
 西郷従道の娘・桜子の役で 登場
 実際は 従道の玄孫 西郷真悠子さんでした
 ちょっと里田まいさんに似てません?
 日芸の演劇科だそうですよ
 鹿児島でのパブリックビューイングにも出席されて
 ずいぶん盛り上がったようです
 初回 視聴率は良くなかったようですが まだまだ
 これから・・・
 大久保利通はじめ 村田新八 海江田信利 大山
 綱良も 子供時代から出てましたし これから
 肝付くんや 中村半次郎も 出てくるんで
 楽しみです
 頑張れ 西郷どん!
 思ったより 目が細いけど!  

 
 
 

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by tukineko-diary | 2018-01-09 15:47 | 大河ドラマ | Comments(2)

妙円寺詣り

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昨日の大河に出てきた「妙円寺詣り」のこと 書いておきましょう
鹿児島三大行事の一つだそうですよ 知ってました?
あとの二つは「赤穂義士伝輪読会」と「曽我どんの傘焼」
うわあ 知らないなあ・・・
この一年で 鹿児島の事 めちゃくちゃ勉強できそうですね
たまたま 今行きつけの美容院の担当の方が 鹿児島出身です
次に行くときには 質問攻めになりますねー
さて 上の写真は 伊集院駅前にたつ島津義弘公の騎馬像
島津義弘と言えば 関ケ原における「島津の捨て奸(すてがまり)」
東軍に囲まれたわずか300の島津隊が とにかく義弘だけを
無事に帰還させようという作戦です
敵の指揮官をまず狙撃し ひるんだところへ小隊が突撃
時には 主君に成り代わり 名乗りを上げて 敵をひきつけ討ち死にする
甥の豊久も 家老もみな義弘の身代わりに戦死しましたが
義弘とわずか80名の家臣は 無事帰参しました
これが旧暦の9月15日のことなので この日 鹿児島では
義弘公の菩提寺・妙円寺まで 鹿児島市内から20kmの道のりを
歩いて お詣りするのですね
明治の廃仏毀釈で 妙円寺は廃寺となり 徳重神社となりましたが
今は妙円寺 再建されているようですね
地元の方々は 小学生の時 この妙円寺詣り経験しているみたいです
ネットには「妙円寺詣りの歌」っていうのも上がっています

    明くれど閉ざす雲暗く すすきかるかやそよがせて
    嵐はさっと吹きわたり 万馬いななく声高し
    銃(つつ)雷と轟けば 太刀稲妻ときらめきつ
    天下分け目の戦いは  今や開けぬ関ケ原

っていう歌詞は 暗唱させられた方もいるみたい
とても長いけど おもしろいので ぜひ読んでみて


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by tukineko-diary | 2018-01-08 13:24 | 大河ドラマ | Comments(0)

西郷どん「薩摩のやっせんぼ」

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始まりましたね! どうなんだろ
西郷どんのイメージ 基本「目玉のまんまるででかい人」
一年かけて くつがえすことができるのかしら?
最初のほうで 大きくなった西郷どんが 城山で狩りをする場面がありましたが
この「城山」 西郷隆盛終焉の地の碑があるところですね
地元の人の間では この城山から見る桜島が 話題です
大正期の噴火でできた「大正溶岩」が消され
この時埋没した「烏島」が ちゃんと復元されていました
「時代考証」ね!
時は 天保11年(1840年)ですから 西郷小吉は 今で言う12才
この子役ちゃんの方が イメージに合ってたかも・・・
しかしTwitterでは 鹿児島弁が聞き取れない! ってかきこみがいっぱい
どうなる!一部では「字幕つけろ」なんて声も出てます
それほどでもないんじゃない?と 思いますが
気になったのは 不倫問題で降板した斉藤由貴さんのこと
あれ?島津斉彬公も ニューヨーク不倫 騒がれてなかったっけ?
渡辺謙さんは いいのに なんで斉藤由貴はダメ?
うーん・・・女は損ね

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by tukineko-diary | 2018-01-08 11:25 | 大河ドラマ | Comments(0)

長谷川秀一と石川数正

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 大河ドラマ「おんな城主直虎」に
 出ている気になる人の事書いときます
 まずこの人 長谷川秀一
 信長の小姓から 出世して奉行職に
 駿河の家康に織田の使いとして 接待
 へのご招待を告げに来てましたね
 実際 この人は接待の場にも参加し
 その後の堺見物にも 案内役として
 付き従い 本能寺の変も家康一行と
 ともに聞き 一緒に伊賀越えします
 無事に熱田に抜けられたのも 現地に
詳しかったこの人のおかげとも言えます
まあ大河では 直虎とその仲間たちが活躍するんでしょうが・・・
信長亡き後は 秀吉に仕え 朝鮮に出兵して 病死 無嗣断絶となります
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 そしてもう一人 この人石川数正
 本能寺の変の後 秀吉にヘッドハント
 されますね
 家康サイドでは ええ~っ!!と思った
 ことでしょう
 なにせ子飼いであったのでね 
 理由は 信康のこととも 10万石とも
 8万石ともいわれる報酬に目がくらんだ
 からともいわれます
 家康が関東に移ると 松本に入り あの
 松本城を造りますね
 しかし残念ながら この人も朝鮮で客死
 息子の代で 家康から改易されます
井伊のように徳川についたものと そうではなかった者たちの 大きな運命の分かれ目ですね

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by tukineko-diary | 2017-12-06 10:59 | 大河ドラマ | Comments(0)

本能寺が変 

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もう次回が本能寺の変ですね
同じ年(天正10年)に 直虎=次郎法師も亡くなっていますので 多分あと二回かな
やっぱり大河のならいで 「主人公は必ず家康の伊賀越えに参加」するのかしら
どうなのかしら
お江も越えたんで 直虎もやらかすかも・・・と 期待してます
47回で 井伊谷の井戸のそばに捨てられてたのは 何と明智光秀の子供でした
今川が 明智から謀反を打ち明けられて 人質に預かった子なんですって
ということは 「於寉丸(おづるまる)」?
今 その子孫と名乗る方が 「本能寺の変の真実」って 本出してますよね
実は 明智一人の謀反ではなく 家康をおびき出して かたずけろと信長に命じられたため
これでは我が身もあぶないと 家康と談合して おとりとなってもらい
寝返って 本能寺の信長を討ったのだとか・・・そんな感じ?
うーん・・・それにしちゃ 家康 堺まで遊びに行っちゃってるし・・・
ま、でもどんな説を唱えようが 誰の子孫と名乗ろうが 自由ですからね
これまでには天皇の子孫・・・どころか われこそ正統の天皇って人も
ちらほら出てますんで そこは「言論と表現の自由」ってことで
おもしろければいいです~ 説得力はイマイチですが~

書店では 来年の「西郷どん」の本 いっぱい並んでます
なんか地味そうだけど 大丈夫かしら
個人的には幕末以降 鹿児島に戻ってからが 楽しみです 






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by tukineko-diary | 2017-12-05 17:12 | 大河ドラマ | Comments(0)

天正の草履番

久々にオンタイムで大河見ましたよ もう40回ですね
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多分あと10回くらいは続くのでしょうが 井伊萬千代(直政)が徳川に仕えて以降
「次郎法師(直虎)」は もうお役御免です
天正3年に仕官 天正10年本能寺の変の後に 次郎法師逝去ですので
この7年間を10回で 描くことになるのでしょう
寛政重修諸家譜の井伊家を見てみましょう
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1082713
↑ 国会図書館デジタル コマ番号565です
とにかくそれまでの記述の数行に比べ 井伊直政の項目は数ページにわたります
これを見れば ああこの時 きちんと家系図を作ったな・・・と一目瞭然
これからの大河は 萬千代=直政の出世に どうやって次郎法師=直虎を
関連付けていくか?という一点にかかっています
なにせ記録がないのでね
願わくば 「伊賀越え」にだけは 参加してほしくないですなー
この時代の女性が主人公の大河は なんでか「伊賀越え」したがるんでね
以前の「お江」の時にも 度肝を抜かれましたが 今回も堺に龍雲丸がいるのでね
万が一ということもあり得るので 今から心の準備しておきましょう

上の写真は 彦根にある井伊直政騎馬像です
実際は 直政が関ケ原の後に賜ったのは 石田三成の佐和山城
彦根城ができるのは 直政の息子の代です


  

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by tukineko-diary | 2017-10-09 10:12 | 大河ドラマ | Comments(0)

虎松の野望

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 8月の「家人心停止事件」以来 しばらく大河
 見ていませんでした
 再放送や 録画すら忘れていましたが この三回は
 なんとか録画しといたので まとめて見返したんです
 ああ なんと早い展開!
 井伊谷焼けて 信玄死んで もう虎松が帰って来てた
 ・・・
 それもなんか おもしろい展開になってる
 父の13回忌で帰って来て そのまま徳川に・・って
 母の再婚相手 松下源太郎も 影薄すぎ・・・
徳川実紀(東照宮殿御実紀)http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991116/7?viewMode
コマ番号27 左上 より
 「天正三年 鷹狩の道にて 姿かたちいやしからず 只者ならざる面差しの子童
  (家康が)ご覧ぜらる 
  遠州井伊谷の城主直親とて 今川の旗本たりしが (今川)氏真 奸臣の謀を信じ
  直親 非命に死しければ この子三州に漂泊し 松下源太郎というものの子となりて
  あるよし 聞召され 直に召してあつく育まれたもう
  後 次第に寵任ありしが 井伊兵部少輔直政とて 国初 佐命の功臣第一と
  呼ばれしはこの人なり」

もちろん徳川実記の編集は江戸後期からですが この鷹狩りの途中で見つけた・・・っていうのが
ある種パターンなんですね
譜代名門井伊家の初代は この様に書かれるべくして書かれた 真実はどうであっても
これは「太平記」などと同じことです
井伊谷龍潭寺からの書上げがどうであろうと やはり松井源太郎は この後 井伊家の家臣として
のみ残っていく家系ですので 一時的に名を借りただけかと思います
武田信玄の死んだ元亀4年=天正元年 家康はここぞとばかり 三河の城を取り返すのですが
その城の中の一つに「鳳来寺」の名もあります
ここは虎松が逃げた「寺」というだけでなく 山城としても機能していたのでしょう
おそらく 生前の信玄が攻め込み(その帰り道には鳳来寺で療養したという言い伝えも有り)
死後にはすぐに徳川が取り返し・・・と言ったゴタゴタの中で 虎松は井伊谷に戻るしか
無かったのでは…と思います
目の上の大たんこぶ・信玄の死 徳川に取り返されていく三河の城・・・
これを目の当たりにした井伊谷の人々は 次は徳川!と思ったのでしょう
家康にしても またいつ勝頼が出てくるかわからない中 地元の一族の子を
子飼いにするのは 得策でもあったのでしょう

徳川の鳳来寺攻めの後 二年たたずに 虎松の徳川家お目見え
そしてこの二年後 18才の初陣で「敵味方の耳目を驚かす」(実紀より)活躍をするのですね
でもまだそれは先の事・・・
久しぶりの大河 なんかおかしな恋愛沙汰もあって えー?こんなことになってたのと思いましたが
実紀を読みながら 見るとまたいろいろ気づくこともあっておもしろかったです

 


 


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by tukineko-diary | 2017-10-05 18:02 | 大河ドラマ | Comments(0)

第12回 おんな城主直虎

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久々にオンタイムで大河見ました
おんな城主直虎誕生しましたね
そのかわり新見左馬之助親矩 中野重由 ひい祖父ちゃん・井伊直平は 亡くなってしまいます
新見と中野は 今川勢として飯尾連竜の引馬城を攻め
永禄7年(1674)討ち死にするのですが 直平の死は
今で言う不審死で 毒殺されたらしいのです
毒殺犯と目されるのは 飯尾連竜の妻・お田鶴の方
この人は 家康に討たれたあの鵜殿長照の姉妹です
今川の尼御台・桂春尼(浅丘ルリ子さん!)が「長照はわが孫なり!」って怒ってたでしょ?
あの氏照の生母は 今川義元の妹で 鵜殿長持に嫁ぎ 長照を産んでいます
その長照の二人の息子・氏長と氏次は 築山殿(瀬名)たちとの人質交換で 今川に帰り 二俣城主・松井宗恒に預けられていましたが
その松井が 飯尾たちと今川に反逆し 戦になっていたのですね
お田鶴の方は 夫亡き後 家康に攻められるも 城の明け渡しを拒み
緋縅の鎧を身に着け 薙刀を持って出陣し 腰元ともども討ち死にした女丈夫
直平は おそらくこの人に毒を盛られ 突然落馬して亡くなるのです
直虎におとらず男勝りの姫だったのでしょう
この田鶴の方 一名「椿姫」と呼ばれますが
それは死後に今川ゆかり(母同士が義理の姉妹)の築山殿が
哀れと思い 椿の木を百本手向けたからだそうです
一方 鵜殿長照のもう一人の妹は 西郡の局と呼ばれます
そう 家康の側室の一人で 督姫を産んだ人ですね
鵜殿長照の上之郷城は また西之郡城ともいうので そこから来たのでしょう
そして 息子たちのその後にも触れておくと 兄の三郎氏長は
二俣城が落とされると そのまま家康に仕え 江戸開府後も旗本となって
寛永まで生き延びました
弟 氏次は 深溝松平家忠に預けられ 関ケ原の前哨戦
伏見城で 主従とも討ち死にしています あの「血天井」の残る伏見城戦ですね
この鵜殿は 十八松平の一つ「鵜殿松平」とはどういう関係なんでしょうか
とにかく 波乱万丈な鵜殿一族です




 
 

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by tukineko-diary | 2017-03-27 17:32 | 大河ドラマ | Comments(0)

おんな城主直虎第11回 さらば愛しき人よ

「Good-by My Farewell」a0315830_15222191.jpg
有名なハードボイルド小説のタイトルですな
三月は家族と私のお誕生月なので なんやかんやおでかけが多く録画しといた大河 やっと見れました
幼馴染三人のきずなが 断ち切れる直前ですね
多分今夜 直親なき井伊谷で 次郎法師は「直虎」に変身するのでしょう
そして小野政直の最後はどう描かれるか 気になります
未詳ではありますが 政直には妻も子もあったようです
子供は少なくとも男子が二人いて 父と運命を共にしていますのでね
しかし小野家は桶狭間で死んだ弟の子が継ぎ この先 直政(虎松)と共に 彦根藩へ
その子孫はまた安中藩→与板藩へ 常に重臣として続き 井伊潘史の編纂にもあたるのですね
親子・兄弟で 道を分かつのは 戦国の地侍の生き残り策として当たり前であったのでしょうが 本当に極端な違いです
そう思うのも 今の私たちは あの「三河のぼんやり」が 徳川幕府を開くのを知っているからなのかな
当時の人にとって まだまだ今川家の体制は 続くと思っていたでしょうし
松平元康だって 長い人質生活から逃げ出し 岡崎に帰ったばかりです
大河の中では 直親は偽物の「ほっしゃん家康」に会っていましたが 
実際はどうだったのでしょう
松平元康は 永禄4年の10月から 翌年の8月の間に「家康」の名に変えたようですので
たぶん直親のあったのは「家康」だと思うんだけどな どうかな?

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by tukineko-diary | 2017-03-26 16:40 | 大河ドラマ | Comments(0)