渋沢成一郎 栄一のいとこ

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 どうですかね?似てませんかね 栄一翁に
 血洗島出身の従兄妹なんですが 維新前後の
 体験の差でしょうか 厳しいお顔付ですよね
 年も成一郎の方が二つ上です
 この二人 高崎襲撃計画が頓挫して 栄一は京に
 成一郎は江戸へ逃げますが 別の経緯で 同じ
 一橋家へ仕えるのですね
 そして一緒に地元で農兵の徴用の役につきますが
 やがて 一橋慶喜が将軍になると 二人とも幕臣となります
 二人の運命を大きく変えたのは 栄一がフランス万博に行く
 昭武一行の随員に選ばれたこと
 このおかげで幕末維新のゴタゴタ期 栄一は おフランスに
 いましたからね
それに比べて 成一郎は鳥羽伏見にも従軍
江戸では 彰義隊を結成し 結局 函館まで戦にまみれる生活でした
維新後 許されてからは 渋沢栄一の紹介で大蔵省にもつとめましたが
すぐに退職し 相場師として身を立てます
明治が終わって大正元年になった年 1912年に75才で死去
91才 昭和6年まで生きた栄一は 出身地の深谷市上手計(かみてばか)に
立派なミュージアム↓もあるし
http://www.city.fukaya.saitama.jp/shibusawa_eiichi/kinenkan.html
生家も残っているのに いとこの成一郎氏の晩年の記録は 少なく
ちょっと残念ですね

                            

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by tukineko-diary | 2017-10-29 16:48 | 江戸検定 | Comments(2)

Commented by 小ツル at 2017-11-01 10:05 x
月猫様
喜作と栄一は別ルートで一ツ橋に就職したのですか?
自伝では「二人で相談して(というか栄一主導みたいでしたが)一緒に一ツ橋に奉公した」と書いてありましたが。
Commented by tukineko-diary at 2017-11-02 09:28
小ツルさま
あ、そうなんですか?
栄一の方は あの京都で暗殺された平岡円四郎の推挙で
仕えたと聞きましたが 成一郎は江戸ではなかったかな?
場所は違えど 二人の間では相談があったのかもしれませんね