川路聖謨の孫の英国留学

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 勝海舟が息子・小鹿を行かせたかった幕府の英国留学
 選ばれたメンバーは 中村正直(「西国立志編」がベスト
 セラー)や 蓑作大六(菊地大麓・日本初ケンブリッジ大卒)
 などがいましたが その留学生取締役となったのが川路太郎
 あの川路聖謨の孫です
 川路太郎は3才で父が病死 母も再婚のため 大叔父・井上
 清直に一時養育され 嘉永4年(1851)聖謨が奈良奉行を退任
 して江戸にもどると この祖父と暮らしました
 そして慶応4年(1866)22才の時 留学生と共に渡英します
 すでに中風で寝たきりの祖父 妻と幼い娘を残しての渡英です
 渡英後は パリ万博を翌年に控え これには慶喜名代として
 弟・昭武一行が来ることになっていましたのでその準備として
 パリにいることが多かったようです
 そしてこのパリで 「大政奉還」のニュースに接します
 昭武一行にいた渋沢栄一に相談し 帰国費を出してもらって
 ようやく帰国したのが 慶応4年の6月のこと
 しかし帰ってみると祖父・聖謨は 昨年の鳥羽伏見の直後にピストル自殺を
 遂げ 一人娘は夭折 秩父に預けた家財は 盗まれて無一文・・・
 という「え、え~!?」という事態になっていました
ここでの川路太郎の決断がすごい!
まだ東北では戦いが続いている 徳川家は70万石で駿府に移った
このどちらも選ばず 「ええい!平民になっちゃえ!」というのは
祖父という家と 使えるべき主家の喪失 無一文のなせる業?
士族の商法で 借金作ったりもしますが 留学経験を見込まれ
明治4年の「岩倉使節団」の随行員に選ばれてもいます
その後 教職に転身し 神戸市松陰女学校の副校長となり
昭和2年(1927)82才で この地で没しました
お墓は 多磨霊園ですので 一度お参りに行ってみます

 
 
 

 

 

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by tukineko-diary | 2017-10-19 11:56 | 江戸検定 | Comments(0)