虎徹と井伊家

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 楽天で「虎徹」売ってました
 一万ちょっとです
 「刀剣乱舞(とうらぶ)」というゲームが
 流行ったおかげで ネットで検索すると
 刀関係は 全部そっちにひっぱられてしまい 
 ます
「井伊直虎」も検索画像では コスプレおねえ  
 ちゃんがでてきちゃうので まあ仕方ないか
 ・・・・と ため息をつく今日この頃
 近藤勇の愛刀・虎徹が 本物だったかどうか
 いまだにどちらとも確定されていません
 あの井伊直弼も持っていたという「虎徹」
 そもそもそんなに人気が出たのはいつからな  
 の?と思って調べてみました
 「長曽祢虎徹興里」は 近江の国佐和山の生
 まれ
室町から名が出てくる鎧兜を作る鍛冶集団でした
長曽祢・・・というのは今の彦根城の西側 琵琶湖に沿って芹川までの地域の地名ですね
ここに戦国末期生まれた興里は 関ケ原の戦いで佐和山城が落ちると金沢に移ったらしいのです
佐和山城落城に関しては「おあむ物語」に その悲惨な状況と逃亡劇がしるされていますが
この鍛冶の一族も 同様に他国に逃げたのでしょう
そして五十歳を超えてから 江戸に出て来て刀を打つようになります
これが明暦元年(1655)から 20年間で 約200振りの刀を打ったというのですが
これは多すぎないの? 工房だったのでしょうかね
どちらにしても これは江戸初期に作られ始めた「新刀」ですよね
こーんなに人気が出たのは 講談の「今宵の虎徹は血に飢えている」うんぬんの
せいではないの?と ちょっと思ってます
「虎徹を見たら偽物と思え」というのは 鑑定士の金言なんだそうですよ
ということは 人気があったのでしょうが 現在「重文」になっているものは
結構少ないんですよねー
奥平家に伝わったものとか 細川子爵が持ってたとか 個人蔵で美術館に寄贈されたもの
とか 結構あるんですが 重文は少ないです
ただ井伊直弼の差し料だったのはおもしろいです
井伊直政が佐和山に来ることで 逃げた一族の刀が 幕末の老中の持ち物となるって
そこには 何か因縁があったのかしら・・・というと まるで刀剣乱舞みたい?




 
 

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by tukineko-diary | 2017-10-10 18:05 | 江戸検定 | Comments(0)