竜馬を斬った刀

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京都の霊山美術館に「竜馬を斬った刀」というのがありますね
すごく不思議ですね
「竜馬を斬った男」が いまだ推測の域を出ないのに 刀だけが特定って・・
この刀は 平成6年(1994)京都の旧家・桂家が 秘蔵していた小太刀を
美術館に寄贈したものです
見廻り組 佐々木只三郎の配下に 確かに桂隼(早)之介という人がいて
11月15日 近江屋を襲ったメンバーの中にもいたそうですが
その人が この刀で 竜馬を斬ったという事実は どこにも残されていません
この刀は 血刀のまま 当家に残され 本人隼之介は そのまま
鳥羽伏見の戦いに従軍し戦死 享年28才
桂家には 佐々木の和歌の掛け軸も伝わっているそうで
その内容は「桂は公務で竜馬を斬っただけで 竜馬もいづれ消えゆく運命だった」
という意味にとれないこともない・・・そうです
うーん・・・微妙ですねえ
佐々木只三郎も 鳥羽伏見で重傷を負い それがもとで間もなく戦死ですから
あとは死人に口なし 言い換えれば 生者は言いたい放題ってことですね
田中光顕の「維新風雲回顧録」では どう書いているでしょう
 刺客は今もって判然としない (中略)一時は近藤勇だろうと推測されたが
 そうでもない。後また今井信郎という男が 自分が斬ったのだと名乗って出たが
 これもあやしい。最近の調査では 小太刀の名人 早川桂之介 渡辺太郎の所為だと
 いわれている。
この「早川桂之介」が 桂隼之介のことなら 小太刀の名人ということからして
当時(昭和3年・1928)の調査でも 名前が挙がっていたのですね
狭い日本家屋の室内で斬りあう時 小太刀というのは信ぴょう性があります
実際 中岡慎太郎は 襲撃時 短刀でこれを受け 竜馬はとっさに鞘のままの刀で
受けたと書いてあります
しかし も一つ 不思議なのが 西岡是心流 小太刀の名手が ボロボロの小太刀
そのままにして行くんでしょうか

何でも ビッグネームにかこつける・・・・ 
これもフルベッキ集合写真と同じ穴なのかしら、どうなのかしら?

 

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by tukineko-diary | 2017-09-30 11:15 | 江戸検定 | Comments(0)