ミステリーで世界一周

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さて 何の写真でしょう? CGじゃないんですよ
UHOでもありません ただの風景写真なんです アイスランドの
検索したら出てきたんですねー びっくりですね
アイスランドは 北海道と四国を合わせたくらいの面積で
人口は たった32万の島国です
総人口の三分の二の20万人が 首都レイキャビクに住んでいます
今私が住んでいる府中市の人口が20万くらいですからね
同じくらいの規模の町が首都なんですねー
ちなみに北海道の人口は 500万人超えていますよ
島国なんで 中央は火山 北欧なので氷河もあります
ほとんどが漁業か牧畜で生計を立てています
上の写真は 浜辺に打ち上げられた氷山に朝陽があたった瞬間の写真です
なんだか異次元の風景の様ですね
「その国の事を知りたければ その国のミステリーを読めばいい」
という言葉がありましてね
試しに一冊読んでみたら すっかりアイスランド通(気取りね)になりました
ミステリーも北欧には有名な作家がいっぱいいますが
アイスランドは例外的に ミステリー後進国でした
文学的な価値は低いと思われていたためのようです
アイスランド語を使う32万の どこかで家系がつながっている人々の島国では
事件発生率も ささやかなものなのでしょう
それでもやはりその国独自の犯罪を持ち ミステリーが生まれるという事なんですね
ちょっとはまって世界各国のミステリーが読みたくなりました
ミステリーで世界一周 ・・・ 老後のテーマとしてどうかしら?
いいんじゃないかしら






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# by tukineko-diary | 2017-11-23 16:29 | 本の話 | Comments(0)

維新日乗纂輯

維新関係資料 遅ればせですが挙げといたほうがいいでしょう
いつかは読まないとダメな資料ですので 今のうちに読んどくのがいいかも
http://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?featureCode=all&searchWord=%E7%B6%AD%E6%96%B0%E3%80%80%E7%BA%82%E8%BC%AF&viewRestricted=0
うわあ 長いなあー 
国会図書館の「維新日乗纂輯」全五巻あるようです
一巻の内容は 「白石正一郎日記」下関の商人で浪士に援助した人ですね
「黒澤覚蔵覚書」水戸の郷士で桜田門外の変に関わった人の記録
「遣倦録」土佐藩士 樋口武(淋斎)の記録
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 「壬戊事変」福岡孝弟(たかちか)左の写真の人
  吉田東洋暗殺の記録
 「再遊筆記」高知藩士 千屋孝健の日記
 「御評議箇条」幕末の朝政の覚書
 「三条西孝知日記」公家の記録ですね
 「七生日録」南部甕男(みかお)の従軍日記
 「江月斎日乗」久坂玄瑞の日記
 以上九編が載っています
 それぞれ 興味深い内容です
 先日の「伊庭八郎日記」は 第五巻にあります
 以降の巻にも 中々ビッグネームもありますので
 目を通すのがいいでしょう
 刊行物ですので 漢字が多いですが読みやすいです
 たまたま伊庭八郎の日記のみ 現代語訳で説明付きで
 新書になっていますが その他のものも 同じように出して
くれればいいのにな と思います
冬の日のつれづれに ぜひどうぞ

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# by tukineko-diary | 2017-11-19 16:21 | 江戸検定 | Comments(0)

伊庭八郎の京都観光案内

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 この本 お読みになってたでしょうか?
 今年の7月30日 初版発行 幻冬舎新書です
 江戸検前に読んどくと良かったですねー
 酒井伴四郎は 紀州藩士で 江戸にやって来て
 行ったところ 食べたもの 細かく日誌に残しました
 ← これはあの伊庭八郎が 家茂の上洛に従って
 上京した半年余りの日々を綴ったものです
 「グルメ日記」とありますが 確かに食べ物の事も
 面白いですが 元治元年(1684)時点での 幕府と
 天皇の関係 幕臣の日常が 細かく書かれていて
 ためになりましたよ
 このたった5年後には 函館に散る伊庭八郎ですが
 この時は 弱冠21才 幕府からお給金をもらう仕事は
 初めて、という初々しい若侍です
 そのせいか まあ仕事の合間に観光すること
 まるで修学旅行の高校生のごとき勢いです
 北野天満宮・金閣寺に始まり 泉涌寺・妙心寺・竜安寺
 東福寺と三十三間堂 伏見稲荷 愛宕山にも登り
 大丸(大文字屋)でお買い物 宇治へ行けば ちゃんと
 お茶も買っています ホント修学旅行生みたい
 そんな中 仲間の一人が友人に会いに新選組の詰め所に出かけ事件を起こします
いると思った友人はいなくて 夜分であり酒を飲んでいたこともあって
新撰組に罵られたことで カッとなって抜刀騒ぎ
後にこれが原因で その直前まで一緒にいた八郎たちも謹慎となります
新撰組がらみではもう一つ 家茂が海路江戸にもどり 八郎たちもお役御免で京を発った直後
あの「池田屋事件」が起こります
この時幕府は まだ近隣にいた幕臣たちに 京へ戻るよう通達を出します
これに応じて すぐ京に戻った八郎たちは お褒めにあずかっていますよ
しかし両事件とも 八郎はさらっと書き流していますので 新撰組との繋がりは
まだなかったのかな…と思いますね
この他にも いろいろと読みどころの多い伊庭八郎日記
元は 大正期に出版された「維新日乗纂輯」いしんにちじょうさんしゅう に載っています
国会図書館デジタルで 検索して見てください



 
 
                              

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# by tukineko-diary | 2017-11-17 12:29 | 江戸検定 | Comments(2)

本を読む 本を買う

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 数々の訃報から立ち直って また本を読んでます
 しかしショックなのは 一番近い本屋さんが規模縮小して 
 半分ゲーム屋になっちゃったこと・・・
 「紙の本が売れない」というのは 散々ぱら聞いてましたが
 それは古書店やAmazonのせいだけではないのでしょう
 そういう私も 以前と読書量は変わらないのに 本にかける
 お金は年々減っています
 そもそも年とってからは「食べられるもの・着られるもの」
 そして「読めるもの」しか買わないという「食・衣・読」の
 ポリシーを守ってきました 
 もとより「食と衣」は借りるという手段がないので仕方ない
 のですが「読」の方は 最近の図書館の使いやすさが仇に
 なっています
 私が今月 図書館で借りた本 定価で買ったとしたら数万円
 です 
 それを考えたら もう誰もが「紙の本」買わないでしょう
 今 地元の図書館で← この「希望荘」予約しますと 
「208」という順番が割り当てられます
私の前に 207人の人が この本を予約してるのですね
この数字見ただけで 私は予約やめます
しかし 例えば100番目いや50番目だったとしても とりあえず皆さん予約したってことですよね
一冊の本は二週間まで借りられ 期間内ならプラス二週間の延長ができます
例えば私のように予約が多い本は できるだけ早く読み早く返す人ばかりではないので
この本 借りられるのは何年後となるのやら・・・
それでも予約するというのは いつか読めればそれでいいや と思ってるからでしょう
じゃあ 反対に「買ってでもすぐに読みたい」本を出せばいいのでは?
そうしたら「紙の本」売れるのではないかしら?と思いますが
これも 本の好みって千差万別なんでねえ
私が 定価で買ってでも読む本って 図書館にも入らず すぐに絶版になりそうな怪談本だけです
あ、あと歴史関係ね
特に 読者が多い分野でもないので やっぱり本屋の苦況は続くのかしら・・・


  
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# by tukineko-diary | 2017-11-14 16:48 | 本の話 | Comments(2)

滝吉武 日刊競馬 白老

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 山野浩一氏の訃報と同時に もう一人の知り合いの死を 
 ネット上で見つけました
 滝吉武くん 2011年の三月 おそらく北海道 白老で
 亡くなったのでしょうか
 もう6年前だよ・・・
 六つ年上だったから 多分 享年62でしょう
 結婚後も 奥さんや息子さんとは会ってもいたし 
 競馬の解説でBSに出ていたのも 見てたけど
 あれはもう10年以上前のことなんだね
 「日刊競馬」に入るきっかけとなった共通の知人を通して
 退職したらしいとは 聞いた覚えがあるのだけど
 まさか番組に穴をあけて失踪したのが原因とは思わなかったよ
 同時にそれまでのお酒にまつわる話を聞いて 何があったのか
 と 不思議な気持ちになりました
 初めて出会った頃は あなたはまだ国学院の哲学科の学生で
 昭和40年代 大流行りした「ジンライム」を ちびちびと飲む
物静かなお兄さんでした
お酒で何か 問題を起こすなんて 考えもつかなかったよ
「そんな色水呑むと 身体に悪いよ!」と お節介で口うるさく面倒見のいい
うちの母に 怒られながらライムグリーンの色水をなめてましたっけ
ある時 「ママはうるさいなあ うちのお袋もそんなこと言わないよ」
と 物静かに言い返したことがあったのですが 
天然なうちのママに「それはあんたがもらい子だからだよ!」と
面と向かって言いはなたれ 瞬間あぜんとした後 「ひでえなあ~
俺が気ィ弱かったら泣いてるよ~」と 半笑いで愚痴るくらいでした
兄弟の多い家に生まれ かなり年の行った養母のもとに里子に出て
北海道の山の中の水を汲むのも 谷を降りて担ぎ上げるような不便な場所で
でも黙々と水を運ぶ優しい養母に育てられたと 聞いていました
だから大好きな人と結ばれてできた一粒種の息子さんを
なめるように慈しんで 育てていたいいお父さんでもあったのに・・・
退職後しばらくして お母さんの面倒を見るため 故郷の白老に帰ったと
これもネット上の風の噂で 聞きました
11年の3月は あの大地震がありましたからね
東京にいてさえ 大変だったあの当時
どこでどのようにお亡くなりになったのか 気がかりです

以上 滝吉武くんのこと 私がネット上で 亡くなる前後の事を知ったように
ここからまた気づいてくださる人もいるかと ここに記します
昭和の無頼派のような晩年の様子 それはそれで あなたらしかったのかも
・・・と 離れていたからこそ 私には思えます        合掌 
  

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# by tukineko-diary | 2017-11-11 16:52 | 日記 | Comments(0)

山野浩一氏 追悼

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 荒巻義雄の「白き日旅立てば不死」を読み返し
 その流れで「X電車で行こう」を もう一度
 読みたいな‥と思い検索したら 山野浩一氏の訃報
 見つけてしまいました
 今年の七月 家からも遠くない八王子で 最後まで
 果敢に闘病なさっていた毎日が 奇しくも当ブログと
 同じエキサイトで 綴られていました
 お疲れさまでした・・・と心からお祈りいたします
 思えば クソ生意気な10代のころ 度々お宅にお邪魔
 して 山のように積まれた本の中から 好き勝手に
 数冊ほじくり出しては お借りしていた時期がありま
 した
 なんて勝手放題のアホガキであったことか・・・
 でも いつもにこにこと穏やかで えらそうなとこも
 微塵もなく ガキおすすめのハードロックも 一緒に
 楽しんで聞いてくださいました
 あの当時は まだ30代でいらしたと思います
 お写真を載せたいなと思って検索してみましたが
 一番若そうなお写真が これ
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 でも私がよく行ってた杉並区のアパートにお住いの頃は
 もっとずっとお若くて 髪も長目でした
 あそこはただの本置き場だったのですかね
 ああ 懐かしいです
 うちの父に将棋で負けて くやしかったのでしょう
 翻訳家で アマ女流棋士の山田和子さんを連れて来て
 敵討ちさせてましたよね
 山田さんが父を負かすと 子供みたいにうれしがっていた
 あの笑顔 目に浮かびます
 たくさんの思い出と 著作をありがとうございました
 これからまた読み返し 思い返して行こうと思います
 お世話になったクソガキも もう還暦越えたんですよ
 先に行った父と また将棋打ってやってくださいね 合掌
 
  
 

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# by tukineko-diary | 2017-11-09 16:15 | 日記 | Comments(0)

白き日旅立てば不死

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 たぶん数十年前 この本と出合った時の事
 唐突に思い出しました
 私が二十歳前後のあの頃 京王線新宿駅の
 西口の改札の上部・・よく体育館などにある
 中二階のような廊下部分 今では手土産用の
 菓子舗などが並んでいる所に 本屋があった
 のです
 この本のタイトルを見たとたんに あの本屋を
 思い出したんですねー
 記憶って不思議・・・
 当時の私は 背表紙のこのタイトルにひかれ
 なんてイカしたタイトルだろう きっとおもしろ
 いにちがいない!と思って 読んだはず・・・
 なんですが 内容はあまり覚えてないのも不思議
 たしかこの本は泉鏡花賞の最終選考に残ったはず
 だから当時のお気に入り「幻想小説」だったはず
 ひょっとして高かったので手が出なかったのかな
 仕方ない「阿寒に果つ」と一緒に 図書館に
 リクエストしときましょう
 どうしてこの二冊今さらに読み返すかといいます
 と それは江戸険が終わったから!
受験生のみなさんと同様 秋ぐちになると 江戸検がらみの本しか読まなくなります
なんというか習慣で・・・💦
今そのカセがはずれて もう当日夜から大好きな廃墟サイトをうろついていました
そのお気に入りの中に「仄暗いお散歩」という逸品がありましてね
書いている方が おそらく私よりは若いけど 住んでいる所が多分ご近所
だから都内と そしてなぜか北海道の廃墟物件が多いのです
特に北の大地に埋もれた廃炭鉱がとてもよくてね
私は常々 愛読しているのですが 今年北海道で中国人女性の行方不明事件がありましたよね
ご遺体が発見されて 未だに自殺とも事故死ともつかないあの事件
あの女性は 今中国で大流行の渡辺淳一作品 それも「阿寒に果つ」を読んで
いわゆる「聖地巡礼」で 釧路や阿寒湖に行ったらしい・・・ということで
図書館に「阿寒に果つ」をリクエストしました・・・と書かれていました
私 そこではっと気づいたのですが 渡辺淳一作品 一冊も読んでいませんでした
「失楽園」のイメージが強すぎて 男女間のあーだこーだを書く人 と
決めつけていましたからね
そして「阿寒に果つ」のあの少女画家の自殺事件は さすがに私の生まれる前の事で
映画化された頃は もうシュールレアリスムと澁澤龍彦全盛の時代でしたから
何やら文学作品をアイドル系がやる映画なんて 見ませんでしたからね
ご縁がなく過ぎましたが 今さらながら読んでみようかと思って検索したら
なぜか「阿寒…」と並んで 荒巻義雄氏の「白き日…」も ひっかかるのです
なんと渡辺淳一氏と 実在の画家・加清純子 そして荒巻義雄氏は
札幌南校の同級生だったのですねー
多くの男たちの記憶に残る天才少女画家は 荒巻氏の「白き日・・」にも
出てくるんだそうです
うーん・・・どうだったかなー
マルキ・ド・サドは出てきたんだけどなー

と、いうことで「阿寒に果つ」「白き日旅立てば不死」
二冊 図書館にリクエスト中です


 
  

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# by tukineko-diary | 2017-11-05 14:14 | 本の話 | Comments(0)

第12回江戸文化歴史検定

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今日は いいお天気で 検定日和でしたね
思うように 解答できましたか?
ツイッターでちらほらと見ましたが 手応えのあった方もいるようです
一点足りなそうだな…って方も とにかくしばらくは のんびりなさってください
もう二度と受験はしないかなという私ですが 受験日が近づくと
ついついスケベ心で お勉強してしまいます
今年も いつのまにか「幕末維新」にどっぷりはまりましたが
明日からは 通常運転に戻ります
来年のお題が決まるまで しばらく江戸以外へ放浪しそうです
みなさん お疲れさまでした!


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# by tukineko-diary | 2017-11-03 20:41 | 江戸検定 | Comments(2)

明日は江戸検!

ああ 明日はもう今年の江戸検受験日!
東京会場は明大ですね みなさんもう用意万全かしら?
私はもう受けませんけど・・・恥かくのやだから 「逃げ恥」です
初受験の方々 お待ちしてますからねー 頑張ってねー
・・・ということで 今日も書きますよー
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↑ 下諏訪にあります赤報隊 相良惣三の墓
  ここで 処刑された日 4月3日に「相良祭」が行われています
  (現在では 四月の第一土曜になったようです)
明治3年には 元赤報隊の同志たちが この墓を建て 弔っていたのですね
お孫さんが努力して 汚名返上し昭和5年 「魁(さきがけ)塚」を立てました
「相良塚」とも呼ばれる立派なものです
マンガ「るろうに剣心」が流行った時には 参られる方も多かったと言います
近くの「歴史民俗博物館」には 直筆の文書なども残っています
30才で 処刑された相良惣三 
JR下諏訪駅から 西へ徒歩10分くらいの所です
一度いかがでしょうか お墓好きのみなさん
相良惣三の遺髪が 納められているそうですよ

そして明日受験のみなさんへ一つ
江戸を東京となす 天皇の即位 明治元年に改元 
この三つの順番おぼえとくといいかな・・・と これは月猫の勘
1868年 5月 上野戦争 徳川宗家 駿河府中へ
     7月  江戸を東京とする詔が出される
     8月  明治天皇即位の礼
     9月 明治元年へ改元
    10月 天皇東京着 江戸城を東京城とする

じゃあねー 早く寝てねー



  


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# by tukineko-diary | 2017-11-02 10:32 | 江戸検定 | Comments(0)

成山 九段南 昭和な宴会

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 昨日は北風の中 市谷に行き 江戸検定の理事 宇南山
 さんの退職を言いがかりにして 宴会してきました
 同期の一級メンバーがそろいぶみでにぎやかでしたよ
 ここは元 西の小結・成山の美人のおかみさんと娘さんが
 やっているちゃんこのお店
 紹介してくださった矢島さんは ここで小唄の会を
 なさっていたということで お若い時から粋な方だった
 と判明しました
 初めて聞きましたが 女性が歌う「相撲甚句」もよかった
 です 
 来年封切られる「おんな相撲」をテーマとする映画でも
 指導をなさった方で どんな歌でもリクエストに応えて
 即座に歌ってくれるんですよ
 わが父方の祖母の家系 山梨の「武田節」や
 来年の大河 西郷どんにちなんで「田原坂」など
 久々に歌のある宴会 最高です
 昔は宴会と言ったら みんなで高歌放吟が当たり前だったんですがね
 今では どこの店でも歌ったら怒られます
カラオケに行けってことなのねー
この他 多芸な皆さんの落語もありまして 実に楽しい昭和な宴会でありました
夫の体調不良以来 たまったストレスを一気に発散できましたよ
帰って来てから あ、宇南山さんのお疲れ会だったな・・・と気が付いた次第
ごめんね 宇南山さん でもまたやりたいね!


 
 
 

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# by tukineko-diary | 2017-10-31 19:07 | 江戸検定 | Comments(2)

渋沢成一郎 栄一のいとこ

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 どうですかね?似てませんかね 栄一翁に
 血洗島出身の従兄妹なんですが 維新前後の
 体験の差でしょうか 厳しいお顔付ですよね
 年も成一郎の方が二つ上です
 この二人 高崎襲撃計画が頓挫して 栄一は京に
 成一郎は江戸へ逃げますが 別の経緯で 同じ
 一橋家へ仕えるのですね
 そして一緒に地元で農兵の徴用の役につきますが
 やがて 一橋慶喜が将軍になると 二人とも幕臣となります
 二人の運命を大きく変えたのは 栄一がフランス万博に行く
 昭武一行の随員に選ばれたこと
 このおかげで幕末維新のゴタゴタ期 栄一は おフランスに
 いましたからね
それに比べて 成一郎は鳥羽伏見にも従軍
江戸では 彰義隊を結成し 結局 函館まで戦にまみれる生活でした
維新後 許されてからは 渋沢栄一の紹介で大蔵省にもつとめましたが
すぐに退職し 相場師として身を立てます
明治が終わって大正元年になった年 1912年に75才で死去
91才 昭和6年まで生きた栄一は 出身地の深谷市上手計(かみてばか)に
立派なミュージアム↓もあるし
http://www.city.fukaya.saitama.jp/shibusawa_eiichi/kinenkan.html
生家も残っているのに いとこの成一郎氏の晩年の記録は 少なく
ちょっと残念ですね

                            

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# by tukineko-diary | 2017-10-29 16:48 | 江戸検定 | Comments(2)

函館奉行所

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上のような絵が「函館奉行所」公式ウェブサイトで見れます
http://www.hakodate-bugyosho.jp/
これは「戊辰五月東軍の諸将於五稜郭酒宴之図」とあります
文字が小さくてね 細かいところ見えませんが
右から 永井玄蕃 大鳥圭介 榎本釜次郎 相馬主計 松平太郎
太郎さん 踊っちゃってますね どう見ても
左下の部分でも 祝杯上げてます 
右は 荒井郁之介 左は松岡磐吉?
たぶんそうですね
荒井郁之介は 明治政府で 天文所に勤務した人ですね
この何十年後かには 日本初 日食時に「太陽コロナ」の撮影に成功した人です
松岡磐吉(ばんきち)は 長崎海軍伝習所の二期生だった人で
旧幕府軍艦蟠竜丸の艦長を勤めた人ですね
この人はお気の毒にも 函館戦争後二年も未決で収監されていて
病没しています
せめて錦絵に残っていて よかったですね




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# by tukineko-diary | 2017-10-28 17:48 | 江戸検定 | Comments(0)

野村文夫 団々珍聞 アバディーン

函館戦争の榎本武揚から黒田清隆 そこから例の「黒田 妻を斬殺事件」へ
これを書いた「団々珍聞(まるまるちんぶん)」とその発行者 野村文夫へ・・・と
私の今日の脳内歴史ツアー こんな風に展開しましたよ
「団々珍聞」は かの宮武外骨氏が投稿者として有名でしたので
私もそれで記憶していましたが 野村文夫の事までは 知らなかったですね
この人 広島藩の藩医の子 御多分に漏れず 藩校から適塾に進みます
そしてここから あの長澤鼎と同じく グラバーの紹介でスコットランドのアバディーンへ
いわゆる「密留学」するんですね
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↑ 150年前のアバディーンも この写真から車がないだけ…と思って遠からずです
スコットランドでは エディンバラ・グラスゴーに次ぐ第三の都市で
港湾都市でもあります 今は北海油田で「石油の首都」とも呼ばれます
ここにはグラバーの実家があった(今もあります)ので 紹介しやすかったのでしょうか
同じ密留学組でも ロンドンとここに分かれますよね
野村文夫はこの地で 勉学に励み フランス万博にも行っています
慶応4年に帰国すると すぐ明治政府で民部省 公部省 内務省に出仕しますが
すぐに退官し 「団々珍聞」を立ち上げ 新政府を批判
自由民権運動の島田三郎たちと全国遊説なんかもしています
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 アバディーンのグラバー邸は 財団の方々が
 細々と管理なさっています
 年間3百人くらいの来館者しかないので
 維持も大変そう・・・
 長崎のグラバー邸は 今も人気なのに 
 こちらはちょっと 寂しそうです
 サムライが留学したアバディーン
 もうちょっと日本からも 行ってあげて
 くださいねえ(自分もな!)
 
 はい 今日の脳内歴史ツアーはアバディーン
 で終了です
 


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# by tukineko-diary | 2017-10-25 17:38 | 江戸検定 | Comments(2)

函館戦争 麦叢録

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こんなのありましたよ
「麦叢録」を書いた小杉さんの子孫の方が監修したのですかね
麦叢録は「国会図書館デジタル」でも読めます
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/773483
乾・坤二冊ありますが まあまあ読みやすいので これでもいいでしょう
絵は北海道大学の資料で見られます
http://www2.lib.hokudai.ac.jp/cgi-bin/hoppodb/record.cgi?id=0A010190000000000&lang=0
台風の間 これを見てました
選挙もあり 先週から短期入院した夫のお見舞いもあり
中々忙しい日々です
あっという間に来週は 今年の江戸検試験日ですね
また台風が来ないように祈っていますよ

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# by tukineko-diary | 2017-10-24 13:57 | 江戸検定 | Comments(2)

若松コロニーとスネル兄弟

幕末というより 鳥羽伏見の後 会津藩壊滅のあとのことですが
約三十名くらいの会津の人々が アメリカに移住したのはご存知でしょうか
江戸検テキスト「疾走!幕末維新」p88に載っていますヘンリー エドワルドのスネル兄弟 
この兄ヘンリーは 会津藩の軍事顧問をしていましたが 戦後の悲惨な時期
新天地アメリカに日本人の妻子や身近の人々を連れて 移住したのですね
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「わかまつコロニー」と呼ばれ 日本人最初のアメリカ入植者と言われています
ヘンリーが買った農地(カリフォルニア州ゴールドヒル)で桑と茶を育て 
最初はうまくいったようです
2年後の国勢調査では 日本生まれの日本人22名がいたようですが
流行病などもあり 結果的には 崩壊してしまったみたいですね
ヘンリーは 日本に戻って資金調達をすると言って出て行き
そのまま帰ることはありませんでした
残された日本人たちは 現地で職を求めたり 一部は帰国したり
様々だったようですが 岩倉使節団と出会い通訳として働いた人もいます
今でも彼らの事は「Wakamatsu Colony Farm」で検索すると
写真・ムービーなどが見られます  

それに比べ プロシア人だったというスネル兄弟のその後は全く謎
ヘンリーは日本に戻ったのでしょうか
この頃 普仏戦争も始まり 鉄血宰相ビスマルクがドイツ統一しますからね
どこもゴタゴタで 記録が少ないです

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# by tukineko-diary | 2017-10-21 17:39 | 江戸検定 | Comments(0)